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読みもの、食べもの
このところ立て続けに新しい本を読んだ。本はいつでも読む。毎日読む。なにかを学ぶとか、あたらしい世界に触れたいという表立った理由はなくて、ごはんを食べるように文字を読む。本ははじめから順に読むこともあるけれど、好きな本のぱっと開いたところから読むのも好きだ。

最近読んだなかの一冊が、細川亜衣さんの「食記帖」。これは新しく買った本で、いつもこの方の本は、本そのものの佇まいが美しいのでそれだけで本を買いたくなる。まだご結婚まえの米沢亜衣さんだったころにリムアートから出版された「10recipes」という本は、色合いと言い質感といい美術書のような素晴らしさだった。

この「食記帖」は、毎日食べたものを中心にした日々の記録 。いわゆる料理本のような分量やレシピはほとんどないが、毎食、毎日の『食べる』ということが浮き上がってくる。そう、何をどんなふうに食べたかは、その人の歴史の一部であり、家族のありようそのものだ。

わたしも一家の主婦として毎日料理をしている(せざるをえない)けど、何時までにお弁当を作らなくてはいけない、栄養バランスはどうか、冷蔵庫の中のそろそろ使わなくてはいけない食材はなんだったっけ、あれを作るのに何が足りない、仕事の約束がどうで、保育園のお迎えまであと何分、という混沌の中でつい抜け落ちてしまう大切なことがあるような気がする。そしてその大切なことは、家庭のなか、普段の生活のなかでしかなしえないものなのだろうなと思う。

本の好きな頁をなんども読みながら、そんなことを思ってここのところの雨の数日を過ごす。

本のなかにしばしばいりこだしの汁物が出てきて、温かくたっぷりした汁が食べたくなる。夕べは台所に残っていた野菜(人参、ねぎ、なす、かぶ)と豚のばら肉、油揚げ入りのうどんを作った。前に作って冷凍庫にあった鶏のストックを使って、酒と醤油と塩のごくあっさりした味付けにして大鍋にたっぷり作る。

明日の朝ごはんの分までゆうにあろうかと思われたが、どんどんおかわりされてなくなっていき(わたしも2回おかわりした)、ついに空になってしまった。どんな美味なレストランの料理も、栄養バランス完璧な給食もかなわない底力が確かにある、と思う。