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玉ねぎを刻む
お腹の中がどうもイガイガすることがある。これという大きなこともないのにむしゃくしゃする。こういうのは、仕方がないのでうまくやり過ごすのが一番だ。はやくお風呂にでも入って、眠ってしまうに限る。

けれどなかなかそうもいかないのが、お母さんというもの。自分ひとりなら、今日はごはんはいいや、と残り物でもつまんでおしまいにしてしまえる。好きな音楽でも静かに掛けられる。ソファにごろんと転がって、好きな雑誌でも眺められる。
しかし実際はというと、子どもたちはおなかすいたといいごはんはなにかと変わりばんこに尋ねる。洗濯物を慌てていれて、食卓につみあげておいたら、そこにお茶をこぼされてしまう。なにかの取り合いのけんかが始まって、「かあさん!」と呼ばれる。子どもの脱ぎ捨てた靴下が転がっている。書いているだけで、うんざりぐったりしてしまう。そして、こんな時だからこそ身近なひとの不用意な言動を思い出したりして、余計にむしゃくしゃしたりする。

〇玉ねぎをつぎつぎ刻み面白くなるころ君への怒り消えゆく 美衣

こういう時は、とりあえず目の前のことをやってみるもの一案。玉ねぎを切ってみる。皿を一枚洗ってみる。タオルをたたんでみる。そうするとなんだかいろんなことがどうでもよくなってきて、さらに結果としてご飯が出来上がったり、台所が片付いたり、洗濯物がたたまれたりして、方々によい結果になる。

自分のなかのいろんな気持ちはあるようななきような、案外はっきりとしないもので、存外どうでもよいようなものが多いようだ。大変にしてみてもよく、玉ねぎを刻むくらいで忘れてしまってもよい。そこに収まりきらないほどのことは、それほどはないような気がする。