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西の青ねぎ、東のもやし
西の出身である。大学入学と同時に東に出てきた。言葉が違ったり(バスで若者が「〇〇するべ」と話しているのを聞いて、びっくりした)、車の気性が違ったり、いろんなことが少しずつ違っていた。食べ物も例外ではなく、少しずつ違っている。

先日大阪出身の人と名刺交換のあと世間話をしていて、西と東の食べ物の話になった。西と東のねぎの違いについて、おおいに盛り上がり、西の出身の二人の共通意見として、「薬味はやはり青ねぎに限る」というのに落ち着いた。

結婚してしばらく経つうちに、それぞれの好みや習慣はすり合わせられるものだけど、わがやは薬味のねぎについてはいまだ着地点が定まっていない。東の出身の夫は薬味といえば、やはり白ねぎの刻んだのが好きだという。そばやうどんの薬味にせよ、冷奴にかけるにせよ、もともとが色の乏しい料理だから、青いねぎはぱっと鮮やかで、辛味もおだやかでよいものだ。その日わたしは、青いねぎの薬味のよいところを少しの間語り合った。

東の食べ物でわたしが好きなのは、もやし。もやしは畑で育てていないだろうに、どうして西と東で違うのだろうと思うのだが、たぶん種類が違う。西のもやしは細くてしなしなしている。対して東のもやしは茎が太くて、りっぱでしゃっきりしている。東のもやしを初めて手に取って、「ひげ根をとりましょう」という工程の意味が分かった。

西の細いもやしではひげ根と茎の境目がはっきりしないうえ、全体がほそほそとしているので、ひげ根を取ろうとするとひどく大変なうえその成果が感じられないということになる。炒めるにはやはり東のもやしがおいしいが、お味噌汁にするには西のもやしが私は好きだ。

そのほかにもソース(ブルドックソースというものを知らなかった)や、なす、春菊なども、違うものだなあと思った食べ物。これだけ交通が発達して、鮮魚でさえすぐに冷凍して遠くまで新鮮なまま運べるようになったとはいえ、まだその土地土地の食べ物があって、違いがあるというのは豊かで楽しいことだと思う。たぶん、子どもの頃に食べたもので私たちの体や心はできているのだろう。きっとわたしのなかにも、ふるさとのほそいもやしであったり、長なすであったり、やわらかい春菊たちが積み重なっている。