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世界の裏側
里山や竹群がなくなっているという。昭和50年代生まれのわたしの小さなころには、周りにはもはや里山も竹群もなかった。手入れされた竹群というものはとてもきれいなものなのだそうだ。わたしの記憶にある竹の生えているイメージは、手入れされていない雑木林であり、竹群とはまったく違うものだという。

里山や竹群がかつての日本人の原風景だとすると、わたしの原風景は裏庭だ。4歳ころから8年くらい住んでいた借家の裏庭ーそこは古くて、便所の床が崩れていたり、洗面台の前が始終湿っていたり(たぶん水漏れしていたのだろう)した。ーがずっとわたしの根っこにあるように思う。

家の正面に粗末な門があり、3段くらいの石段があった。そこを上ると右手に沈丁花や笹がこまごまと植わっている。左手は小さな花壇くらいのわずかな庭があった。そのほかに、家の裏手には日の当たらない裏庭があった。裏庭には出入口の脇に山椒があって、このくらいの季節にはあげは蝶の幼虫がたくさんついていて気味悪かった。

右手の植木のわずかな部分を抜けると家の脇を通ることができる。ブロック塀に囲まれて、子ども一人横になってやっと通れるくらいの狭さだ。ここの通り道が子どものころのわたしにとって世界の裏側のような場所だった。雑草が生い茂り、上からしか光が差し込まない果てしないくらい長い通路(本当はほんのわずかな長さだったと思う)を抜けて裏庭に出ると、別の世界に出たように思えた。

子どもには、こういう世界の裏側のような場所がきっと必要なのだと思う。わっ、と驚いたり、不気味だったり、心弾んだり、やわらかかったり、イガイガしたり、じゃりじゃりしたり。五感を満たすものと出会えること、自分の存在をはるかに超えた大いなるものを感じて畏怖すること。すべてのことはここから学べたと言ったら言い過ぎだろうか。

思えば、大人とは説明のできる場所から場所へ移動をする毎日だ。子どものころ、わけのわからないところでわけのわからない時間を過ごせてわたしは幸せだったと思う。今の子どもたちにも、世界の裏側はまだ残っているだろうか。

〇我が生まれ育ちゆくころ見ざりしよ大和の国の里山竹群   美衣