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子ども時代をふたたび

子どもと過ごしていると、しばしば、「わたし自身が、もう一度子ども時代を経験させてもらっているのだな」と思う。追体験、というのだろうか。わが家は3人子どもがいるので、3度もそのような機会があったことになる。

 

大人には当たり前の景色が新鮮に映ること、足元のものにじっと見入ったり、時を忘れて空想をしたり、自然の現象をふしぎに感じたり、そんないつの間にか忘れてしまったことをもう一度かつての視線で見ることができる。大人の目線で教えたり、導いたりすることは必要だろうが、もう一度目の前の子どもと同じ目線で同じように楽しむのは面白い。

 

冬、外の金魚の甕に張った分厚いガラスのようなまあるい氷を持ち上げて顔を透かして笑ったり、なぜ台所の湯気が上に上っていくのか考えたり、童謡の一節から今読んでいる本のある場面を想起したり。当たり前だったことから、新しい発見はたくさんあるのだなと思う。

 

つい最近、10歳の子にと思って買った「大科学実験」というDVDブックがとても面白く、寝る前に付属の本を夢中になって読んでいる。当たり前だと思われている自然現象を、かなり大真面目にエネルギーをかけて実験をしている番組で、その馬鹿真面目の努力たるや感動すら覚えるほどだ。そしてこういうエネルギー、つまりは誰のためでも、何のためでもなくただただ夢中になってやってみる、やらずにはおられない好奇心のようなものは、いつも一番に大切にしたいと思うのだ。

 

〇たんぽぽの綿毛を吹いてみせてやるいつかおまえも飛んでゆくから  「たんぽぽの日々」俵万智

どんぐり

年齢のせいか、ここ最近の気候の変動のせいか、季節に気持ちがついてゆけない。もう11月だというのが実感としてなく、わたしとしてはいまだ8月くらいの時間の感覚だ。

 

とはいえ、季節はどんどんめぐり、家のストーブはつけるし、クリスマスツリーも飾り終えた。

このところ家のあちらこちらで目にするのが、どんぐりだ。と、いってももちろん我が家が大きな森の真ん中に、ひどく隙間があるように経っているわけでなく、たくさんのどんぐりを家に持ち込むのは、末っ子の3歳だ。

 

9月の末のことだったろうか。朝の散歩の帰りにみつけたどんぐりをポケットいっぱいに詰めて きて、ほら、差し出したそれはつやつやとあかるい緑色で、みずみずしくさえ見えた。

それが次第に色が濃くなってきて、今時分に家にころがっているどんぐりはもう深いはしばみ色で、表面もやや鈍く光り、頭のぼうしも乾いて取れてしまったりしている。

 

とりわけ緑色がうつくしく、形も端正なひとつを台所の窓のところに飾っておいたが、すぐによく知っているふつうのどんぐりになってしまった。

 

〇どんぐりはまあるい実だよ樫の実は帽子があるよ大事なことだよ 小島ゆかり『月光公園』

 

春の手紙
手紙が好きだ。ポストに自分の名前が手書きされた封筒やはがきが入っていたら、きっとだれもがこころ踊ると思う。
メールなどではなかなかここまでうれしくはならないと思う。

〇白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう 斎藤史

春は手紙がいちばんしっくりくる季節ではないだろうか。春は草木が芽吹き、色のなかった季節にいっせいに色彩が生まれる季節。あたらしい何かが届く、はじまる、動き出すという手紙のイメージと重なる。「白い」手紙、「うすいがらす」というひらがな表記が清浄でみずみずしい感じがする好きな一首だ。

手紙は、よく書く方だった。中学生の時、重い病気で一年間病院のベッドの上で過ごした。携帯電話などないころだったから、外の世界とやりとりするには手紙を書くしかなかった。その一年間に書いた手紙、受け取った手紙は大きな段ボールにいっぱいの分量ほどだ。

〇果てしなき未来を載せむ一通の手紙の白さ朝にかがやく 美衣

そのころに作った一首。はっきりと認識はしていなかったが、そのころわたしにとっての手紙は外へのパスポート、未来への切符のようなものだったと今では思う。

仕事に、子どもたちの世話に、家のことと毎日ばたばた過ごしている今は、なかなか手紙を書く余裕がない。最近はもっぱらはがきを書くことが多くなった。はがきはほんの数分で書けて、それ一枚で出せるから気軽である。

はがきは学生のころから鳩居堂のものを愛用している。季節の草花をシルクスクリーンでうつくしく描いたシリーズばかり以前は愛用していたが、最近気に入っているのが簡素に枠と罫が入っただけのもの。罫の色が何種類もあり、季節や気分や宛先によって「今日はこの色にしよう」と選ぶひそかな楽しみもある。絵がないので文字もたっぷりかけるのもうれしい。
 
おまへはトマト
今年の夏、16歳の長男が自転車ひとり旅に出た。神奈川から広島までなんとか8日間でたどり着き、久しぶりに会った息子は真っ黒く日焼けして、二回りほど痩せていた。

大変だったからもう自転車の旅はしたくない、と言っていたが、この冬休みまた出かけるという。今度は自転車好きの部活の先輩と二人で京都を目指す計画で、仲間がいるのが楽しいらしくいそいそと自転車のメンテナンスをしたりしている。

思春期のころというのは、いつもやわらかな不発弾をかかえているような感じがして、夏の頃のことも思い返すと、意識はしていなかったけれど、わたしの内心はああ、あれやこれや心配やら緊張やらしていたのだなとわかる。それは今も同じではあるが、いろんなことは絶えず形を変えて変化していて、そのときそのときというのはいつも一瞬のことだ。

自分の作った歌を読み返すと、どんな歌でもそのときそのときの空気が立ち上ってくる。長男の自転車旅行のころの歌を昨日の晩ひさしぶりに読み返したら、夏の熱く、ひりひりとした気持ちが鮮やかによみがえってきた。

○菜箸を片手に立ちつくすのみ吾子の放ちし二、三の言葉に
○「昨日から学校行っていないんだ」風呂上がりの子ふいに呟く
○わたくしの何かを分けてやることはもうできぬのか毛布のやうに
○声ひそめ鬼が来るよと言へば子が泣き止みてゐた近く遠き日
○「勉強をする必要がわからない」十代の言いさうなことを言ふ
○トマトとまとあかくまあるくてのひらに収まりてゐたおまへはトマト 美衣
鞦韆
鞦韆(しゅうせん)、ブランコのことである。

鞦韆という言葉を知ったのは、短歌の中だった。(そういえば詩歌以外で鞦韆という言葉を、会話の中でも、小説や随筆のなかでも目にしたことがない)

○さ庭べに夏の西日のさしきつつ「忘却」のごと鞦韆(しうせん)は垂る  宮修二『晩夏』

宮修二の上の歌では、乗る人のないぶらんこがただ垂れ下がっている様子が、かぎかっこつきの「忘却」と歌われている。西日の射す夏の夕方のものさみしい様子がよく出ている。ぶらんこ、ブランコではこの歌の感じが出ないだろう。ここではやはり鞦韆という言葉がふさわしい。

○鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし 三橋鷹女『白骨』

上の句では、それまで俳句はカメラのシャッターを切るようなイメージだったのをかるがると覆された。「愛は奪ふべし」という歌いかたは、短歌のようだが、このきっぱりと強い断定のリズムは5・7・5の形式だからこそだろうと思う。ここでも、「ブランコは漕ぐべし」ではまったく違う趣になるのは明白で、鞦韆という言葉が生きている。

わたしの家の庭には、小さなブランコがある。真ん中の子の誕生日に、わたしの母が贈ってくれたものだ。子どもたちだけでなく、わたしもときどきブランコを漕いでみる。

つらい気持ちになったとき、忙しさで苦しくなると、家を出る前の慌ただしい時間の合間にちょっと乗る。ものの1分ほどの、短い時間である。ブランコを漕いで、庭に植えている小手毬やライラックの緑が揺れながら目に入ってきて、上を見上げると空が広がり、山の緑が迫り、遠ざかりてゆく。そうすると、わたしの大変さなどもう大したことはないのだとわかる。思える、というのでなく、すとん、と腹に落ちてわかるように感じる。

そんなときには、わたしはいまブランコではなく、鞦韆を漕いでいるのだと思う。鞦韆という言葉があって、よかった、と思い、空をゆっくりいく飛行機を見つけて「あ、ひかうき」と心の中でつぶやく。昔の言葉や旧かなの表現がしっくりくるときは、現代にもちゃんとある。
あたたかいもの、かぼちゃのスープ
肌寒くなった。肌寒いとは、いい言葉だと思う。ただの寒いとは違って、初冬のこの空気の感じがよくでている。

寒いのが好きというわけでもないが、寒い日にあたたかいものがあると幸せな気分がして、その気分が好きだ。例えば、ソファにかけている毛布。10年くらい家族みんなが大好きだった深いグリンの格子模様の毛布が破れてしまって、その次に選んだ薄いグレイとベージュの毛布をとても気に入っている。ふわふわの毛がだまになって部屋にころがるので、まるで猫を飼っているような気持になるのも、それが不満な家族の前では言えないが、いいと思っている。この毛布のあたたかさはもう別格で、毛布に当たっている体の表面ではなくて、体の芯のほうからほかほかしてくる。

かぼちゃのスープを作った。4分の1サイズのかぼちゃを小さめに切って、薄切りにした玉ねぎとバターで炒める。ひたひたの水、月桂樹の葉と、コンソメキューブを入れて柔らかくなるまで煮たら、後はフードプロセッサーにかけて鍋に戻し、牛乳でのばす。ほんのぽっちりの塩と胡椒を加えて手軽なポタージュスープができた。

かぼちゃもよかったし、牛乳でののばし加減も完璧だったからか、その日のスープは上等のおいしさで、ポタージュ派でない夫や長男も(彼らはコンソメ派である)よろこんで食べていた。ポタージュというのは、その質量といい、非透明さ(言葉としては不透明だろうが、この場合はこのほうがしっくりくるように思う)、温度の保ちよう、またなによりポタージュという韻律が冬のあたたかさという幸せを象徴している。
 
久しぶりに、末の子をおんぶした。3番目の子というのは、大勢の中で育つからなのか、あるいは親の適当さによるのか、自分一人で機嫌よくしていることが多いので、少し大きくなるとおんぶすることもぐっと減った。その日は一日上の子の用事につきあって外出していたので夕方になって疲れておんぶをせがんできたのだ。

おんぶをしながら夕飯の支度をしていると、後ろで子どもが、いつもの高さとは違う世界を楽しんでいる様子が伝わってくる。まな板の上の野菜を指さしたり、台所の窓に映るおんぶされた自分の姿を見て声を立てて笑っている。背中がじんわりとあたたかく、湿った重さが体に心地よい。数限りないように果てしないように思えたこういった場面が、思い返してみてはじめてほんの一時の輝かしい日々なのだなと三人目の子どもで実感している。

○皿洗ふ背中でをさなご眠りをり「雨降りくまの子」三度聴きつつ  美衣

 
蟻たちの夜
普段は夕ご飯を作り終え、子どもを風呂に入れると体中の力が抜けてしまって、子どもを寝かしつけながら眠ってしまうことが多い。朝まで起きることなどほとんどないが、どうした加減か夜中にはっと目が覚めてしまうことがある。

勿体ないので、しばらくは寝ようと努力する。努力しても眠りのふちにうまく足を踏み入れなさそうなときには、もうあきらめてベッドヘッドの明かりをつけて、本を開く。あるときには、わたしの好きな雑誌monkyのジャック・ロンドン特集の号のなかの犬の小説を読みだしたら止まらなくなり、しらじらと夜が明けてしまったこともある。

普段寝ていて気付かないが、夜にもいろんなものが動いて、音を発していることに気づく。窓が鳴る、がたっという音。風の音。遠くに走り去る車の音。そのほかよくわからない音。

布団をかぶってじっとしていると、自分自身も夜の一部になったようだ。窓の外に何か物音がするとすこし怖くなり、足先を布団から出さないように気を付ける。3時半ごろ新聞配達のバイクの音が聞こえたら、もう夜はおしまい。闇はうすずみになり、やがて見慣れた朝がやってくる。

〇蟻たちが砂粒ひとつひとつ運ぶ歩みの音の鳴りやまぬ夜 美衣
 
名前
〇たんぽぽ組園児名簿の名前にはゆ、る、み、あ、の、ま、も丸き字多し  美衣

末っ子の保育園の園児名を見ていて、丸い文字の名前が多いのだなと思って詠んだ一首。
親はそれぞれの思いを込めて名前をつけるだろうが、その時代の空気というのものがやはり共通のものとしてあるのだろう。

名前と言えば、わたしは子どものころに自分の名前があまり好きではなかった。
何よりも、まず正しく読んでもらえない。学校などで先生にたびたび読み方を尋ねられるのがきまり悪かったし、間違えて読まれて(「みえ」という名なのだが、「みい」と読まれることが多かった)まわりの子にくすくす笑われるのはさらに嫌だった。

しかも名前の由来がふるっている。母はずっと女の子が生まれたらつけようと思っていた名前があったそうだのだが、いざ生まれてから調べてみると、その名前の画数が悪かった。慌てて画数の良い名前を考え、何しろ出生届の提出期限があるものだから、急いでつけた。届けを出したあと、もう一度画数をよくよく調べてみたらそれほどよくもなかったらしい。

そんなわけであまり好きでなかった名前だが、今は気に入っている。読み間違えられるのは、今でもしばしばだが。

「赤毛のアン」の中で「もし薔薇がアザミという名前だったら、同じように香らないと思うわ」というセリフがあったと思うけど、もし私が違う名前だったら、違う人生を歩んでいたような気がしてならない。
今の名前はわたしにとてもしっくりしていると思うけど、それがぴったりの名前が付いたせいなのか、わたし自身が名前のようになっていたのか。両方のような気がする。
 
明るい、日が差すということ
梅雨らしい、という言葉を通り越して、雨ばかりの日にやっと終わりが来た。たぶん雨が続いていたのは1週間、10日くらいのことだったのだろうが、1か月、2か月の感じがする。

雨が降り続くと、だんだん体が重たくなってきて、息苦しく、体中の毛穴が塗りつぶされてしまったようになる。人も物もじっと息をひそめて耐えているような、そんな雨だった。

雨が上がると久しぶりの雨でない日に気持ちがついていけずに、おろおろしてしまう。洗濯物を外へ干すということが、こんなに開放的だったろうか。家じゅうの窓を開け放つということが、こんなに気分の良いものだったろうか、と思う。

久しぶりの晴れ間、晴れ間とはありがたいものだ。日の下に干し物をするのが大好きなので、たぶんこの週末には家じゅうの持ち出せるものはデッキに出して、日に当てて、家の窓という窓をあけてわたしの全部に風を入れたい。

〇づば抜けて硝子かがやけ家ぢゆうの大窓小窓あけはなす朝 美衣
好きなもの、嫌いなもの
仕事で家を空けると、家族に小さなおみやげを買いたくなる。
夫には「ありがとう、お疲れ様」で、子どもたちには「ありがとう、ただいま!」の気持ちをこめて。

我が家の子供たちは高校2年、小学3年、2歳だからかなり年が離れていて、限られた時間でそれぞれに喜ぶものを見つけるのは難しい。たいていはちょっとしたお菓子をお土産にして、みんなで食後に食べるのだが、たまには一人ずつに小さなものを贈ろうと思いついた。

時間もないから、百貨店の同じフロアでそれぞれコンパス、アリの巣観察キット、救急車のミニカーを選んだ。それそれワンコインくらいのささやかなものである。一番悩んだのが、長男のもの、次が次男、三男はもうすぐにこれと決めることができた。

そうだ、子どもというのはだんだんわからなくなる。2歳のころなど、うれしいも、かなしいも、もうそれは親の掌のなかでおさまるほどで笑わせることなどたやすいことだ。学校へ行き、外の世界へだんだん出ていくにつれて、親の他に世界はぐんぐん広がっていき、喜ばせたり、笑わせることが以前のように簡単にはいかなくなる。

まだ、唯一の切り札として変わらず喜ばせることができるのが、毎日のご飯だ。これを作ればだれが喜ぶ、とわかっているから、なるべく順繰りに、好物をつくったときにはことさらに「これ、あなたが好きだから特別に作ったよ」と言うことにしている。好きな音楽も、好きな本も、好きな洋服もよくわからなくなってきても、好きなごはんを作っている限り大丈夫、というように思っている。そしてそのころから、親子は小さいころとはまた違うつきあいかたを始めていくのだろう。

〇飯を炊き鍋をわかして家ぢゆうに湯気を満たしてあなたを待たう 美衣